+++ 異文化は、外国人との間だけにあるのか?+++

「最近の若い人は、言われたことしかやらない」
管理職の方から、ときどきこんな話を聞きます。
「細かく指示しないと動いてくれない」
「分からなければ聞けばいいのに、質問してこない」
「もう少し周りを見て、自分で考えてほしい」
一方、若い世代からは、こんな声も聞こえてきます。
「上司が何を期待しているのか分からない」
「『適当にまとめておいて』と言われても、どこまでやればいいのか分からない」
「後から『そういう意味じゃなかった』と言われるのが一番困る」
さて、どちらが正しいのでしょうか。
実はこれ、「最近の若者は……」という世代論だけで考えると、大切なことを見落としてしまうかもしれません。
もしかすると、同じ会社で働く日本人同士にも、「異文化」があるのではないでしょうか。
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「これ、適当にまとめておいて」の意味
例えば、上司が部下に資料を渡して、
「これ、来週までに適当にまとめておいて」
と頼んだとします。
長年一緒に働いている部下なら、
「来週の部長会議で使うんだな」
「A4で2枚くらいだろう」
「細かいデータより結論を先に出した方がいい」
「木曜日には一度見せた方がいいな」
と、かなりのことを推測できるかもしれません。
ところが、配属されたばかりの社員には、その「適当に」が分かりません。
「何のための資料なのか。」
「誰が読むのか。」
「PowerPoint なのか、Word なのか。」
「どのくらい詳しく書くのか。」
「”来週まで” とは月曜日なのか、金曜日なのか。」
上司からすると、
「そこまで全部説明しなくても、普通は分かるだろう」
かもしれません。
部下からすると、
「それが分かるなら、そもそも聞いていません」
なのです。
面白いのは、どちらも自分の感覚ではごく合理的だということです。
30年前の「良い部下」と、今の「良い部下」
ここには、年代や育ってきた職場環境の違いも関係しています。
長期雇用を前提に、一つの会社の中で時間をかけて仕事を覚えてきた世代では、「見て覚える」「先輩のやり方から学ぶ」「言われる前に動く」ことが評価される場面が多くありました。
仕事の進め方を細かく説明されなくても、周囲を観察しながら覚えていく。
そうして身につけた「察する力」は、その組織で仕事をするうえで非常に重要な能力だったはずです。
一方、現在の職場はどうでしょう。
転職は珍しくなくなり、中途入社者も増えています。
仕事の専門性も高まり、異なる会社・異なる職種から人が集まります。
若い社員に限らず、「この会社の常識」を知らない人が増えているのです。
そう考えると、「言わなくても分かる人が優秀」 という前提そのものを、少し見直す必要があるのかもしれません。
同じ40代でも、「普通」は違う
そして、これは年代だけの話でもありません。
例えば、同じ45歳の社員が二人いたとします。
一人は新卒で入社して20年以上、同じ会社で働いてきた人。
もう一人は、外資系企業を2社経験して、半年前に中途入社した人。
年齢は同じです。
日本人同士です。
それでも、「会議とは何をする場所か」「上司はどこまで指示するものか」「部下はどこまで自分で判断してよいのか」「悪い情報はいつ報告するのか」といった “仕事の普通” は、かなり違う可能性があります。
営業部門と技術部門でも違うでしょう。
本社と工場でも違います。
長く一緒に働いているチームと、プロジェクトのために初めて集まったチームでも違います。
こう考えると、「異文化」という言葉の意味が少し変わって見えてきます。
「最近の若者は……」の前に考えてみる
世代の違いは、特に分かりやすい例です。
例えば上司が、
「若いうちは、失敗してでも自分で考えて動いてほしい」
と思っているとします。
一方、部下は、
「勝手に進めて失敗するより、まず上司に確認する方が責任ある行動だ」
と思っているかもしれません。
上司から見れば「指示待ち」。
部下から見れば「リスク管理」。
同じ行動を、まったく違う意味で見ているのです。
ここで、
「最近の若者は主体性がない」と結論づけてしまえば、そこで会話は終わります。
しかし、
「この人は、なぜ確認してから動くことが大切だと思っているのだろう?」と考えれば、会話が始まります。
異文化理解で大切なのは、この「なぜ?」なのだと思います。
海外に行って、初めて「日本人」になる
私たちは普段、自分が「日本文化の中で仕事をしている」と意識することはあまりありません。
ところが海外に行くと、
「なぜ会議で、最初に結論を言わないの?」
「誰が最終的に決めるの?」
「なぜ直接 No と言わないの?」
などと聞かれ、初めて、
「ああ、これは日本だけで “普通” だったのか」と気づきます。
異文化に出会うことで、自分の文化が見えるのです。
でも実は、海外へ行かなくても同じことは起こっています。
若手社員。
中途入社の人。
違う職種の人。
違う地域で働いてきた人。
違う会社との共同プロジェクト。
自分と違う「普通」を持つ人と仕事をした瞬間、そこには小さな異文化が生まれています。
異文化対応力は、これからのマネジメント力
そう考えると、「異文化コミュニケーション」は、海外赴任する人や外国人部下を持つ人だけが学ぶものではありません。
むしろ、多様な人が働くこれからの組織では、すべてのマネジャーに必要な力ではないでしょうか。
重要なのは、世界中の文化について詳しくなることではありません。
「自分の普通と、相手の普通は違うかもしれない」と考えること。
そして、違いを感じたときに、
「なぜ分からないの?」
ではなく、
「私たちは、何を違う前提で考えているのだろう?」
と問い直してみることです。
そのうえで、目的、期待する成果、役割、期限、判断基準など、これまで「言わなくても分かる」としていたことを必要に応じて言葉にする。
これは、外国人とのコミュニケーションで必要とされることと、実はほとんど同じです。
異文化とは、国籍の違いではない
異文化理解というと、私たちはつい、
「アメリカ人は……」
「中国人は……」
「日本人は……」
と国籍で考えたくなります。
でも、人と人との間にある違いは、それほど単純ではありません。
年代、会社、職種、経験、役割、そして一人ひとりの価値観。
私たちは誰もが、それぞれ違う「普通」を持って働いています。
だから、異文化理解とは「外国人を理解すること」ではなく、自分とは違う前提を持つ人と、一緒に仕事をする力を身につけること、なのかもしれません。
「察してほしい上司」と「言ってほしい部下」。
どちらかを変えることから始める必要はありません。
まずは、
「もしかすると、見えている “普通” が違うのでは?」と考えてみる。
そこから始まる対話こそが、異文化理解の第一歩なのだと思います。






