あなたの「普通」は、相手の「普通」ではない

2026.09.03

2026.09.03

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+++ 異文化コミュニケーションで本当に難しいこと +++


「アメリカ人は自己主張が強い」
「日本人は空気を読む」
「ドイツ人は論理的」
「イタリア人は陽気」

異文化理解というと、このような「国による違い」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

もちろん、国や地域によって文化的な傾向はあります。
それを知ることが役に立つ場面もあります。

しかし、長年グローバル人材育成に携わっていると、異文化コミュニケーションで本当に難しいのは、相手の文化を「知らないこと」だけではないように感じます。

もっと難しいのは、自分自身も、ある文化の中で育ってきたことに気づいていないことなのではないでしょうか。

今回は少し肩の力を抜いて、身近な例から「異文化」について考えてみたいと思います。

英語は全部分かった。それなのに、意味が分からない

以前、カナダ人の友人宅に泊めてもらったことがあります。
翌朝、こんなことを聞かれました。

“How did you find your bed last night?”

使われている単語はすべて知っています。

How did you find… ですから、「どうやって見つけた?」でしょうか。

そこで私は、「いや、ベッドで特に何も見つけなかったけれど……」と考え、かなり的外れな返事をして、その場の皆さんを笑わせてしまいました。

実際に聞かれていたのは、
「昨日のベッドはどうだった? よく眠れた?」
ということでした。

英語そのものは理解できていたのに、コミュニケーションは成立していなかったのです。

なぜでしょう。

私には、
この場面では、findは、こう使われる
という前提がなかったからです。

これはビジネスでも頻繁に起こります。
私たちは「英語が通じなかった」と思うと、単語力や文法力の不足を疑います。
しかし実際には、英語ではなく、相手と自分の「前提」がずれていることも少なくありません。

NYの肉屋で学んだのは、英語ではなく「買い物の型」

ニューヨークで暮らしていた頃にも、似た経験がありました。

スーパーマーケットなら、商品をかごに入れてレジに持っていけば買い物はできます。
ところが、街のお肉屋さんで肉を買おうとすると、そうはいきません。
どの肉を、どのくらい欲しいのかを店員さんに自分で伝えなければなりません。
英会話学校では、そんなことまで教えてくれませんでした。

そこで私がしたのは、お店で商品を選んでいるふりをしながら、地元のお客さんがどう注文しているかを聞くことでした。
「こう言うと、こう聞き返される」
「その次は、こう答える」
その “型” が分かると、突然、買い物が楽になります。

身についたのは新しい英文法ではありません。
その場で共有されているコミュニケーションの前提です。
異文化で仕事をする際にも、同じことが言えるのではないでしょうか。

「You」を使っただけなのに、なぜ怒られた?

仕事でも、忘れられない経験があります。

以前、外国人の部下に英語でメールを書いていた頃のことです。
「まだ今週のレポートが出ていない」と伝えるために、
“You haven’t submitted this week’s report yet.”
というような文章を書いていました。
文法的には特に問題ありません。

ところがある日、英語ネイティブの部下から、
「その書き方は、少し責められているように感じる」
と指摘されました。
私には、まったくそんな意図はありませんでした。

日本語なら「まだ今週のレポートが出ていません」と書けば、誰が悪いとも明示せず、適度な曖昧さが残ります。
しかし英語では主語が必要です。

そこで何気なく “You” を置いたことで、
「あなたがまだやっていない」
というニュアンスが強くなっていたのです。

“I haven’t received this week’s report yet.”
と主語を “ I ” に変えるだけで、印象はかなり変わります。

これは単なる「英語表現」の問題でしょうか。

私はむしろ、ここにも異文化があると思います。
言葉は、単語の意味だけでできているのではありません。
その文化の中で、「どう言えば、相手にはどう聞こえるのか」という感覚まで含んでいるからです。

異文化理解で一番怖いのは「知ったつもり」

一方で、異文化について学ぶときに気をつけたいことがあります。

それは、文化を知ることで、かえって相手を決めつけてしまうことです。

「アメリカ人だから自己主張が強い」
「ドイツ人だから論理的」
「日本人だから控えめ」

本当にそうでしょうか。

日本人だけを考えても、積極的に発言する人もいれば、静かに考える人もいます。
世代、性格、職種、会社、経験によってもコミュニケーションスタイルは違います。
「アメリカ人はこういう人」と覚えてしまうことは、異文化理解ではなく、むしろステレオタイプを強化することにもなりかねません。

以前、赴任前研修で「アメリカ人役」の日本人が、大声で強烈に自己主張するというロールプレイを見たことがあります。
これでは、「アメリカ人はこういう人だ」という思い込みを持たせてから海外に送り出すようなものです。
少しブラックユーモアにも感じます。

異文化とは「私の普通」と「あなたの普通」の出会い

そこで私たち GCRM が大切にしているのが、「バイアス」という考え方です。

バイアスとは、言い換えれば「思い込み」です。
誰にでもあります。
問題なのは、バイアスを持っていることではありません。
自分の「普通」を唯一の正解だと思ってしまうことです。

相手の行動を見て、
「なぜそんなことをするの?」
「常識がない」
「普通、そうはしないでしょう」
と思ったとき。
実は、そこが異文化理解の入り口かもしれません。

私の普通 vs. あなたの普通
私の常識 vs. あなたの常識

どちらかが正しく、どちらかが間違っているとは限りません。

「もしかすると、この人には別の “普通” があるのでは?」 と考えられるだけで、相手への見方はずいぶん変わります。

「伝わらない」の責任は誰にある?

もう一つ、日本人がグローバルな環境で仕事をするときに意識するとよいのが、「話し手責任」という考え方です。

日本の会議では、
「この点は皆さんご存じだと思いますので、説明は割愛します。」
という場面がよくあります。

効率的ですし、聞き手への配慮でもあります。

一方、グローバルな会議に参加すると、「それはもう知っている」という内容まで、背景から丁寧に説明されることがあります。
そこには、伝わらなかったら、説明した側にも責任があるという発想があります。

日本のハイコンテクストなコミュニケーションでは、聞き手が文脈を読み、分からなければ質問したり自分で調べたりすることが期待されがちです。
しかし、共有している前提が少ない相手と仕事をするなら、「分かってくれるはず」ではなく、「どうすれば分かってもらえるか」を考える必要があります。

これは英語力より、むしろコミュニケーション力の問題です。

英語が上手い人より、「相手を見ている人」

だからこそ、グローバルで成果を出す人を見ていると、必ずしも英語が完璧な人ばかりではありません。

むしろ、成果を出す人は、
「この人は何を知っているだろう?」
「何を大切にしているだろう?」
「この会話をどう終わらせたいのか?」
「どんな伝え方なら動いてもらえるだろう?」
と考えています。

つまり、言葉だけではなく、相手を見ているのです。

そして必要であれば、自分の意見も明確に伝えます。
アサーティブであることも、「強く主張すること」ではありません。
自分の考えを率直に伝えながら、相手の立場も尊重し、双方が前に進めるコミュニケーションをつくることです。

異文化理解とは、「○○人を理解すること」ではない

異文化研修というと、
 ✅「 アメリカ人との働き方」
 ✅「中国人とのコミュニケーション」
 ✅「インド人をマネジメントする方法」
のような内容を想像するかもしれません。

もちろん、各国の歴史や社会背景を知ることには意味があります。

しかし、それだけでは十分ではありません。
本当に必要なのは、相手の文化を学ぶと同時に、自分自身の文化を知ること
そして、自分には見えていない前提があるかもしれないと考えられることです。

海外で仕事をすると、「なんで?」と思う瞬間がたくさんあります。
でも、その「なんで?」は、相手がおかしいというサインではなく、自分の「当たり前」に気づくチャンスかもしれません。

異文化理解とは、外国について詳しくなることだけではありません。
自分の中にある「普通」を、いったん疑ってみること
そこから、本当の意味でのグローバルコミュニケーションが始まるのではないでしょうか。


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一般的な「XXX文化とは?」というような異文化研修とはかなり異なるアプローチですが、
このような異文化研修にご興味をお持ちいただけたら、

是非、ご連絡お待ちしております!